文:石神 彩乃
コロナ禍前のその日、私の足取りは大変に軽かった。鼻歌を歌いながら駅の階段を一段飛ばし・・・は脳内のイメージで、実際は5歳の心臓病児をバギーに乗せ、重い酸素ボンベを背負いエレベーターに乗ったのだが、気持ちの上では確実に一段飛ばしだった。
患者家族会、交流会の帰り道。20人ほどでランチ会をした。
わが子と同じ先天性心疾患を抱えながら大人になり、就職して、結婚して、出産して、子育てしている女性と、初めて実際に会ってお話しをしたのだった。
彼女たちは希望の星。私は興奮のあまり握手してください!と叫びそうになるのをかろうじてこらえ、いや・・・こらえられず口走り、やさしく笑顔を返してもらったのだった。
生まれた直後に重度の先天性心疾患と診断され、複数回の手術を受けなければ人生のスタートラインに立てないと言われた娘。治療は決して順調ではなく、未来は不安でいっぱいだった。ただ前を向くしかない、しっかりしろと自分を奮い立たせ情報を求めて患者会に入会。そこで手にした会報の中の手記に成長していく病児たちの姿を見て希望が生まれ、入院中の娘のベッドの横で涙が止まらなかった。娘の手術が一応のゴール地点にたどり着いたなら、患者会で運営のお手伝いをしようと心に決め、支部長になって企画した初めてのランチ会だった。
とにかく楽しいおしゃべりだった。お互いほとんど説明はいらないのだ。病気の事、治療の事。みんな似た体験を通って現在がある。酸素ボンベと繋がって顔にカニュラを付けていても、誰も不思議がってのぞき込んだりしない。そやねん!そこやねん!わかる、わかりすぎる!共感の嵐。同年代の病児、きょうだい児はすぐに友達になった。親同士は共通の悩み事を分かち合い、大人になった病児さんからは本当に多くのことを教えてもらった。
大人になった病児さんは、自分の体験を語ることがこんなに喜ばれ、役に立つと知りすごく元気が出た!と言ってくれた。当事者同士の支えあいであるピアサポートと、元気づけあうエンパワメントの力をその場の全員が体感し共有し、気持ちが明るく軽くなったのだった。
実は、全国で患者家族会が衰退している。スマホ一つで様々な情報にアクセスできる時代。SNSでそれなりに繋がることもできる。リアルな繋がりを面倒に感じて敬遠する風潮があり、新規入会が減り高齢化がすすんでいるのだ。歴史ある患者会が解散した話も聞く。
しかし、実際に患者会を通した交流では具体的に病院名や学校名まで登場する地元の詳細な事例など、出るわ出るわ・・・とにかく情報が濃い!SNSには絶対に上がってこない、上げられない内容なのだ。
SNS上の情報は、個人の体験や価値観がそのまま反映された玉石混交の状態であり、真偽を確認する必要がある。一方全国組織で歴史ある患者会には専門職のスタッフがいることも多く、出す情報には監修が入り信頼できる。そしてコロナ禍を経た今は患者会でもオンライン、チャットを利用した交流やZOOM講演会併用など、活動を令和に合わせ効率化する団体が増えた。
交流以外に運動体として制度面の充実に患者会が果たす役割も大きい。
先天性心疾患患者が大人になれるようになったのは、医療が進歩したこの数十年のこと。現在40代の成人先天性心疾患患者はパイオニアである。
社会の仕組みは治療を続けながら必死に生活する患者の実情に追いついておらず、支援はまだ不十分だ。
私は全国心臓病の子どもを守る会が毎年行う厚生労働省との交渉の席に支部代表としてZOOMで参加している。制度を作る国の担当者に直接実情や意見を伝える貴重な場だ。いち個人のレベルでできる事ではない。
今年は、先天性心疾患患者の病状を正しく反映するため障害者手帳の診断書の様式で18歳以上の患者についても18歳未満用の診断書を使用することが認められた。
成人用の診断書は、生活習慣病の心疾患を想定した内容の書式であり、生まれつき「心臓のかたちが違う」先天性心疾患を正しく評価できず、決定される障害等級が実情にそぐわない現実があったのだ。
これは守る会が繰り返し要望してきた内容の実現であり、心臓病児者が安心して暮らせる社会の実現に向け制度を良くすることができた「小さいけれど確実な一歩」だった。
今年度も守る会が全会員対象に行った「生活実態アンケート」は専門家と力を合わせて学術的に分析され、障害年金、就労支援の充実の訴えなど行動の裏付けになっていく。
あなたがわが子のために、自分のために何かをしたいと思うなら、関連の患者会に所属してみてはどうだろうか?
親も子も楽しく元気が出て、役に立つ。そんな患者会活動を熱くおすすめしたい。
社会はより良い方に変えられるのだ。
私たちと一緒に活動してみませんか。
◆本コラムは、with Heartプロジェクトで開催したライティング講座を受講された方のコラムです
<この記事を書いた人>
当事者メンバー 石神 彩乃 (全国心臓病の子どもを守る会 京都支部)